dot おそい。

珈琲屋のレジの人がおそい。
観察してたらひとつひとつの動作が遅い上に、しゃべると手が止まってしまうという致命傷。

「Suicaで承りました。今から手動で金額を入れますので、金額お確かめの上タッチをお願いいたします」

金額お確かめの上、、、のとこからでいい。
なぜなら手が止まっちゃうからだよ!

会社にもいるな、こういう子 笑



dot 涙。

40半ばの男の人の目に光る涙。
先輩おじさんに慰められたり励まされたりして目に溜まった涙。

悔しいんだろうなあ、グレちゃいたい感じだろうなあ。自由でいたいね、身も心も。

サラリーマンだとそれは難しい。
ふたつよいことさてないものよ。河合隼雄さんが言っていた。安定した給料を手にしながら、自由も手にするはできないんだよね。

ふたつよいことさてないものよ


魔法の言葉。



dot 知ってるけど。

昨日何かの話をしてたときにせいくんが「だってカープとまろには僕たちしかいないんだよ?誰も家に帰ってこなくても、待ってるしかないんだよ?」と。

知ってる。

知ってるし、そのことがときどき怖くなることすらあるけど、せいくんがそういう風に思ってることを聞いて、なんだか優しい気持ちになった。猫たちは知っている。彼がそういうやつだと。

彼と私の違いはそういう状況を「怖い」とは思わずにさらりと歩けるところ。

またしても負けた感じでしょぼんとする。



dot 寝言

我が家の猫、まろちゃんは割と寝言を言う。今も「にゃにゃ。にゃにゃ。」と言っていたので何の気なしに「まろちゃん?」と言ったら「んー?」って言われた。

あまりにかわいくて爆笑した。



dot アマンダと僕

「アマンダと僕」

フランスの映画。アメリカの映画を見がちな私にしてはめずらしい。原題は「Amanda」。原題のままでいい気がする。「僕」をプラスするとちょっと説明が多い感じ。なーんて、難しいよね、完璧で全ての人にうける邦題って。

アメリカ映画にありがちな感情があがったりさがったりが激しい感じではなくて、物語はゆっくり進む。まるで私が1日1日を過ごすように普通の(まあ、普通って難しいことだけど)日々が描かれる。でも飽きたりはしないの。映る街並みがきれいだし、フランスのアパートってかわいいなとか思いながら観られる。アマンダの無邪気さとか、おっとりしてる僕に好感が持てる。

そんなところに事件はおこる。普通のなんの変哲もない毎日が急に終わる。普通の日々は奇跡の連続なんだなと改めて思う。

アマンダと僕が少しずつ少しずつ心を立て直すのが映像を通して描かれている。心の中で2人を応援しながら観るようになる。

映画の終わりが素晴らしい。
「Elvis has left the building.」になくした人に会いたい気持ち、今の不安な気持ち、希望を持ち続ける強い気持ち、支え合って生きることの幸せがつまってる。

アマンダの瞳が素晴らしい。
「もうだめだ」と思ったら思い出そう。アマンダの瞳を。



dot いつか。

いつか母を受け入れよう。彼女は彼女なりにやったのだと。私が歳をとって「まあいいや」と思えるようになることと、歳をとったからこそ「全くもう」と思うことが入れ替わるだけで、なかなか全てをよしと出来るようにならない。

広島の義母があまりにすごいからそれもよくないのだろう。親戚のおばさんも何でも出来ちゃう人だから、昨日の13回忌もなんだか申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

来ていただいた家族以外の人たちを思いやれない。お母さんそういうの苦手だからとはじの席に座って何もしない。弟も自分子供と戯れてるだけ(それはせいくんの仕事)

困ったおばあさんと困ったおじさん。
父よ。君の嫁と息子は困ったもんですよ。

おばちゃんごめんね。



dot

さっき友達からのメール。
今朝、友だちの猫が旅立ってしまった。彼らがあまりにも潔すぎて人間は気持ちがついていかない。

本当にたまにしか連絡をしない彼女に、昨日の会社からの帰り道にふとメールをした。今はそれがとても不思議。

そして今日の午前中は父の13回忌で納骨をしていた。住職がお経をあげてくれているときに、ふいにどこかから蝶が飛んできて私の前を横切った。あら、お父さんかな?と思ったりして。

きっと父が友達の愛猫を大切に連れて行ってくれたはずと信じることにした。



dot

友達の猫の具合が悪くてかなしい。良くなりますように、よくなりますようにと祈ることしかできない。



dot ひとりなら。

嫌だなあって思うことがあっても、今は割と自分のことならなんとでもできる。逃げてもいい、戦ってもいい、無視してもいい。少しずつその嫌なことを何とかする。嫌だと常に思わずにいられるように調整する。

自分を変えないまま負の中にいる人を見ているのは辛い。どんなにその人の周りの人が嫌なやつばかりだとしても、周りは変えられないから、その人が変わるしかないよなあって思う。もちろんたくさんの自戒を込めて。



dot わにま。

WANIMAという人たちの曲を聴いていたら

進め 君らしく 心踊る方

と言う歌詞があって「こんなの若い頃に聴いたら泣いていただろうなあ」と思いながら聴いていた。

自分自身にいつもいつも失望して、私のままでいいなんて思えなかったし、私らしく私の楽しいと思う方へ進むことなんて悪でしかないと思っていたから。(大袈裟)それを君らしく、心踊る方へ進みなよなんて歌われたら「わー」ってなって泣いただろうと思う。どうしていいのかわからなくなって。

今だって自分に失望することなんてよくあるけど、だめだなあって思うけど、もうその事で泣いたりはしない。自分からだけは逃げられないよ、とせいくんに教えてもらったから。私は私と生きるしかないもの。



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