dot 難しいね。

会社の知り合いと話してて、この人は高校生の時が一番楽しかったんだろうなってよく思う。楽しかったと繰り返し話しているから。

私はいつが一番楽しかったんだろう?

ただただ楽しかったと言える時期はないけど、辛いだけだった時期もないような気がする。(あえて言えば高校生から20歳すぎくらい?)

わかった。すぐ忘れちゃうんだ、きっと。とても楽しかった一瞬と、とても辛かった一瞬は覚えてる。でもそれ以外は忘れちゃうんだな。

まあそれはそれでいいことのような気がする。
後ろを振り返って、今と比較して嫌だとかいいとか思うよりも、古い千円札を見て「あれ?この人髪型変わったね」と言ったせいくんがおもしろかったとか、父が亡くなって悲しかったあの暑い日の空とか、そういう瞬間だけをときどき思い出すくらいでいい。

ちなみにせいくんの千円札の件は、髪型が変わったんじゃなくて人が変わったんだよ。夏目漱石から野口英世。せいくんらしいミス。



dot 鎖国

ある程度定期的にやってくる、それは鎖国。閉じていたい。

なぜちょいちょいそれがやってくるのか。



dot フラッシュバック

少し前に交通事故の瞬間に遭遇して、救急車を呼んで、事故にあったおじさんと一緒に救急車を待っていたことがあった。「大丈夫だから帰る」というおじいさんをなだめながら。

スローモーションのように後ろ向きに倒れていくおじいさんをはっきり見ていたから、帰していいわけがないと思ったし、事故の前後を全然覚えてないみたいで怖かった。

おじいさんが大丈夫だったのかどうかはわからない。警察はそんな連絡はくれないから。

おじいさんが倒れたところを目撃した私は一歩も動けなかった。でも、せいくんはものすごい勢いで左右を見て道路を渡った。あっという間に道路の真ん中に倒れてしまったおじいさんのところまで行って、走ってる車を止めていた。

私はただ怖くて、震えながらギリギリ119に電話をして、電話の向こうの落ち着いてる男の人から「落ち着きなさい、住所を探しなさい」と言われて、電信柱にかいてあった住所を読むので精一杯だった。

おじいさんのところに走っていくせいくんの後ろ姿が目に焼き付いている。少し慌てていて、でもちゃんと左右を確認して道路を走って渡る後ろ姿。

華奢だけど強くて優しい背中を思い出すと、なんだか今でも涙が出てくる。おじいさん、きっと大丈夫だったよね?せいくん。



dot おそい。

珈琲屋のレジの人がおそい。
観察してたらひとつひとつの動作が遅い上に、しゃべると手が止まってしまうという致命傷。

「Suicaで承りました。今から手動で金額を入れますので、金額お確かめの上タッチをお願いいたします」

金額お確かめの上、、、のとこからでいい。
なぜなら手が止まっちゃうからだよ!

会社にもいるな、こういう子 笑



dot 涙。

40半ばの男の人の目に光る涙。
先輩おじさんに慰められたり励まされたりして目に溜まった涙。

悔しいんだろうなあ、グレちゃいたい感じだろうなあ。自由でいたいね、身も心も。

サラリーマンだとそれは難しい。
ふたつよいことさてないものよ。河合隼雄さんが言っていた。安定した給料を手にしながら、自由も手にするはできないんだよね。

ふたつよいことさてないものよ


魔法の言葉。



dot 知ってるけど。

昨日何かの話をしてたときにせいくんが「だってカープとまろには僕たちしかいないんだよ?誰も家に帰ってこなくても、待ってるしかないんだよ?」と。

知ってる。

知ってるし、そのことがときどき怖くなることすらあるけど、せいくんがそういう風に思ってることを聞いて、なんだか優しい気持ちになった。猫たちは知っている。彼がそういうやつだと。

彼と私の違いはそういう状況を「怖い」とは思わずにさらりと歩けるところ。

またしても負けた感じでしょぼんとする。



dot 寝言

我が家の猫、まろちゃんは割と寝言を言う。今も「にゃにゃ。にゃにゃ。」と言っていたので何の気なしに「まろちゃん?」と言ったら「んー?」って言われた。

あまりにかわいくて爆笑した。



dot アマンダと僕

「アマンダと僕」

フランスの映画。アメリカの映画を見がちな私にしてはめずらしい。原題は「Amanda」。原題のままでいい気がする。「僕」をプラスするとちょっと説明が多い感じ。なーんて、難しいよね、完璧で全ての人にうける邦題って。

アメリカ映画にありがちな感情があがったりさがったりが激しい感じではなくて、物語はゆっくり進む。まるで私が1日1日を過ごすように普通の(まあ、普通って難しいことだけど)日々が描かれる。でも飽きたりはしないの。映る街並みがきれいだし、フランスのアパートってかわいいなとか思いながら観られる。アマンダの無邪気さとか、おっとりしてる僕に好感が持てる。

そんなところに事件はおこる。普通のなんの変哲もない毎日が急に終わる。普通の日々は奇跡の連続なんだなと改めて思う。

アマンダと僕が少しずつ少しずつ心を立て直すのが映像を通して描かれている。心の中で2人を応援しながら観るようになる。

映画の終わりが素晴らしい。
「Elvis has left the building.」になくした人に会いたい気持ち、今の不安な気持ち、希望を持ち続ける強い気持ち、支え合って生きることの幸せがつまってる。

アマンダの瞳が素晴らしい。
「もうだめだ」と思ったら思い出そう。アマンダの瞳を。



dot いつか。

いつか母を受け入れよう。彼女は彼女なりにやったのだと。私が歳をとって「まあいいや」と思えるようになることと、歳をとったからこそ「全くもう」と思うことが入れ替わるだけで、なかなか全てをよしと出来るようにならない。

広島の義母があまりにすごいからそれもよくないのだろう。親戚のおばさんも何でも出来ちゃう人だから、昨日の13回忌もなんだか申し訳ない気持ちでいっぱいだった。

来ていただいた家族以外の人たちを思いやれない。お母さんそういうの苦手だからとはじの席に座って何もしない。弟も自分子供と戯れてるだけ(それはせいくんの仕事)

困ったおばあさんと困ったおじさん。
父よ。君の嫁と息子は困ったもんですよ。

おばちゃんごめんね。



dot

さっき友達からのメール。
今朝、友だちの猫が旅立ってしまった。彼らがあまりにも潔すぎて人間は気持ちがついていかない。

本当にたまにしか連絡をしない彼女に、昨日の会社からの帰り道にふとメールをした。今はそれがとても不思議。

そして今日の午前中は父の13回忌で納骨をしていた。住職がお経をあげてくれているときに、ふいにどこかから蝶が飛んできて私の前を横切った。あら、お父さんかな?と思ったりして。

きっと父が友達の愛猫を大切に連れて行ってくれたはずと信じることにした。



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